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シーカヤックの歴史

スキンカヤック

生活の貴重なツールであり、大切な文化です

最古のカヌー

カヤックはいったいいつ頃からあるんでしょう。
私が考えていたよりも、本当に古い乗り物のようです。
カヌーは本当にシンプルに、木をくりぬいて作られたものが大昔からあったようです。
日本カヌー連盟のホームページを見たところ、数千年前からといいますから驚きです。
丸太舟をくりぬいて作ったものなどは、カナディアンと呼ばれるカヌーが有名です。
カナダの原住民たちが木をくりぬいて作ったものらしいです。
使用するパドルの種類によってカヌーやカヤックと呼び分けをすると紹介しましたが、基本的にはカナディアンのようなオープンデッキタイプのものをカヌー、腰まですっぽりと入るクローズドデッキタイプのものをカヤックと考えるとわかりやすいと思います。広い意味ではみんなカヌーというくくりになります。

シュメール人

最も古いものとしては、6000年前のものが見つかっているとのことです。イラク南部、ユーフラテス川の下流にシュメール人が文明を築いて栄えていたようで、その古代都市の遺跡の墓からの出土品の中に銀製のボート模型などもあったそうです。シュメール人が残した壁画には、ほかにもいろいろなものが彫刻されていて、かなり高度な文明があったようです。シュメール時代の銀製のボート模型の画像をネットで見ましたが、まさにカヌーの形でした。

北方のカヌー

カヤックと呼ばれているものは、特に北方の寒い地域で生まれたそうです。
イヌイットとアリュートのカヤック、それぞれにデザインも違っています。
文化や風習、地域性などの違いもあったのでしょうか、それにしてもそれぞれに美しい船です。

イヌイット

ひとつはグリーンランドやカナダ北部、アラスカにかけての地域に住んでいるイヌイットとよばれている民族です。
狩猟を生業としていたイヌイットたちはアザラシをはじめとした海洋哺乳類を獲り、食料としてだけではなく、皮や脂肪などあらゆるものを活用していたそうです。衣服や燃料などにも。
また、これらの地域はとんでもない極寒の地域のために、腰まで船の中に入り、防水性のある服、アノラックというアザラシの皮をなめして作ったフード付きの上着で体を覆い隠した上に、これをコーミングと呼ばれるコクピットの枠にかぶせてシールすることで、カヤックの中に水が入ってこないように、そして露出しているのは、顔だけにして防寒対策をしていたそうです。
カヤックが転覆したときに艇から脱出してしまうと(沈脱)、命がいくつあっても足りないほど低水温なので、転覆してもそのまますばやく起き上がるテクニック、エスキモーロールがうまれたそうです。本当に奥が深い乗り物ですね。

スキンカヤック

木で船としての枠(ベース)を作り、これにアザラシの皮などを張り合わせてできた乗り物が、古いスタイルのカヤックです。
大型の哺乳類の狩猟のための道具なので、これらを海で捕獲できるように、ある意味機動性がある乗り物だったのですね。
安定性を求めると船としてのスピードの追求に限界があるために、細身でバランスは悪かったようです。これに対してアリュートのバイダルカは運搬性に優れている分、船にボリュームがあります。
昔、伊豆のシーカヤックアカデミーで見ることができたスキンカヤック、とても美しいカヤックでした。でも私は絶対にこんな船には乗れません。
おそらく転覆したままでしょうね。

アリュート

そしてもうひとつの系統がアラスカとカムチャッカの間にあるアリューシャン列島の先住民族であるアリュート族のカヤックです。
バイダルカとよばれています。ラッコやアザラシ、トド、セイウチやクジラなどを捕っていたそうです。イヌイットに比べるとより多くの獲物を運搬することがあったためにカヤックも、その分、運搬能力が高かったそうです。その存在があまり知られることがなかったアリュートの人々でしたが、ロシア人たちとの接触によって、生活に変化も起こったようです。大規模な漁が展開されるようになり、海洋資源が枯渇します。そしてカヤックの実際の利用もだんだんと少なくなり、ついにはなくなってしまいましたが、その後に復元されて、愛好家たちの間で活用されているという歴史があります。
以前に見せていただいたジョージダイソンのバイダルカのビデオ、とてもよかったです。興味がある方は「宇宙船とカヌー」や「バイダルカ」という本をご覧ください。バイダルカのリメークの試みが紹介されています。

バイダルカ

捕った獲物を舟の中に入れて運んだりしていたので、イヌイットのものと比べるとすこし大きく感じるかも。長い距離の輸送手段としても利用されたそうです。より効率的に運搬できるように3人乗りのバイダルカが登場したのはロシア人の影響らしいです。大量の毛皮などが運搬できるようにです。ロシア人が極東に進出してきた理由の一つもラッコの毛皮が目的だったようですが、乱獲により絶滅寸前においこまれました。

カナディアン

先住民族であるインディアンが木をくり抜いて作ったもの(丸木舟)が始まりです。布や革を縫合したカヌーもあります。その後、ヨーロッパからの移民が大量にやってきて(植民地化)、現在よく知られているカナディアンカヌーという名前が定着しました。

荷物の運搬

インディアンの丸木舟というわかりやすい画像が見当たらなかったので、左の写真を載せました。

西部劇でのイメージ

子供のころに西部劇を見すぎたせいで、インディアンのカヌーというと、こんなイメージです。年配の方はそうだと思います。

カナディアンカヌー

これが現在のオーソドックスなカナディアンカヌーです。

南太平洋のカヌー

ヨーロッパ人が進出するよりずっと前から南太平洋の島じまには先住民族がいました。これらの人々もカヌーで海を渡り、生活を始めたと考えられています。漁業や交易、そして祭祀などでもカヌーの果たした役割は大きかったと考えられます。
海洋博公園の海洋文化館の説明を引用させていただいています(改装前です)。

メラネシア

クラ・カヌーです。クラはこのあたりの島々の住民による友好と儀礼のための交換システムです。熱心にクラ航海を行い、お互いの親善を深めていたそうです。

ポリネシア

タヒチの儀礼用ダブルカヌーです。写真は後ろからとっています。英国の探検家ジェームズクックがタヒチで海戦の儀式を見たときに同行の画家に書かせたスケッチをもとに復元したものです。デッキには小さな神殿が。海戦の際に重要でした。

ミクロネシア

パラオの漁労用小型カヌーです。どの地域でもアウトリガーカヌーがよく利用されたそうです。時には帆を上げて走ることも。

日本

日本にはとても古い丸木舟の文化が残っています。まさに太古のカヌーです。約7500万年前の丸木舟など縄文時代の貴重な品々が出土しています。全国でも縄文時代の丸木舟は4000年~3000年前のものがいくつも出土しているそうです。縄文時代の航海術によって、物資や人の交流が始まっていたのですね。

サバニ

そして悠久の時を経て、誕生した沖縄の海人(ウミンチュ)が乗っていた(今でもあります)サバニも、すばらしいカヌーのスタイルと考えてよいのでしょう。
3万年前の航海 徹底再現プロジェクト
日本人が海を越えてやってきたとされることを検証するプロジェクトです。実際に舟をつくってのテスト航海です。→詳しくはこちら

バナースペース

なきじん海辺の自然学校

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